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水戸地方裁判所 昭和42年(ワ)201号 判決 1970年6月30日

原告

山崎喜久二

ほか一名

被告

青木憲雄

主文

被告は、原告山崎喜久二に対し金二九三、三八〇円、原告山崎はつに対し金一九二、四九五円および右各金員に対する昭和四三年二月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告等その余の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、これを四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告等の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の求めた裁判

原告等訴訟代理人は、「被告は、原告喜久二に対し金一、一二七、二三八円、原告はつに対し金九九四、七五三円及び右各金員に対する昭和四三年二月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

一、原告等訴訟代理人は、その請求原因として、次のとおり陳述した。

(一)、山崎秋男は、昭和四一年一〇月一六日午後一〇時ごろ勝田市大字高場地内産業道路(幅員約一一メートル)を原動機付自転車(以下、被害車と略称する。)を運転進行中、いわゆるエンストを起すに至つたが、折柄の激しい雷雨により進行方向左側の路面に雨水が溢れていたため、これを避け該路上中央付近においてその原動機を修理していた。ところが、被告は、たまたま右側路上を反対方向たる国道六号線方面から那珂湊市方面に向い、小型四輪乗用車(以下、被告車と略称する。)を運転して同所に差しかかつた際、秋男及び被害車に自車を衝突させた。そのため、被害者が損傷を受けたのはもち論、右秋男もまた、左大腿骨々折兼褥創、排尿困難兼腎盂腎炎等の傷害を蒙むり、同日から同四二年四月二九日まで入院して治療を受け、右退院後も自宅において医師の往診、マッサージ治療を受ける等療養に努めていたが、病状が悪化したため、同年九月一一日再び入院加療を受け、同四三年一月一四日退院するに至つた。この間右秋男は、三回にわたつて手術を受けたが、骨折部分の癒合が進まず、左足が屈曲しないため歩行不能の状態にあつたので、右退院後も医師の往診を受ける等して自宅療養を続けていたものの、排尿は原告等の手を煩わせなければならず、加えて難治性の褥創のため全身の機能が低下し、同年二月一五日心臓病等を併発し遂に死亡するに至つた。

(二)、しかして、右事故は、被告の過失に基因するものである。すなわち、およそ自動車の運転に従事する者は、絶えず前方を注視して進行すべき注意義務があるのにかかわらず、被告は、これを怠り、漫然として時速約五〇キロメートルで進行したため、幅員も広くかつ見通しも良好な本件事故現場において、被害車を早期に発見できずに本件事故を惹起したものであるからである。

従つて、被告は、民法第七〇九条により本件事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。

(三)、本件事故によつて秋男の蒙つた損害は、次のとおりである。

(1)、医療関係費(医療費のほか附添人食費、光熱費を含む。)金六七八、一九五円

秋男は、本件事故によつて蒙つた傷害の治療を受けるため医療費(附添人食費、光熱費を含む)として、青木外科医院に対し昭和四二年四月六日金三二八、〇八〇円、同月一一日金六六、〇〇〇円、同年七月三日金七三、四三〇円、同四三年一月一四日金一九一、二九〇円、小針医院に対し同四二年六月四日金一一、五五九円、同年七月一日金一、七四五円、同年八月一日金一、九一一円、同年九月八日金一、六八〇円、同四三年二月二〇日金二、五〇〇円、を支払つた。

(2)、マツサージ費用金三一、五〇〇円

秋男は、昭和四二年五月二日以降前記傷害治療のためマッサージ療法を受け、その費用として清水豊次に対し同月三一日金七、二〇〇円、同年六月三〇日、同年七月三一日、同年九月二日各金八、一〇〇円、を支払つた。

(3)、附添費金三三八、八五〇円

秋男は、本件事故のため入院中附添婦として菊池きみよを依頼し、同女に対し昭和四一年一〇月三一日金一六、〇一〇円、同年一一月三〇日金二七、〇〇〇円、同年一二月三一日、同四二年一月三一日各金二七、九〇〇円、同年二月二八日金二七、二六〇円、同年三月三一日金三四、七二〇円、同年四月二九日金三二、五六〇円を支払つた。また秋男は、本件事故による傷害のため歩行、排尿等が困難であつたので、原告はつをして同四二年四月三〇日から同人が死亡した同四三年二月一五日に至るまでの二九一日間附添看護をさせたが、右附添看護の費用は一日金五〇〇円として合計金一四五、五〇〇円とするのが相当である。

(4)、諸雑費金五〇、〇〇〇円

本件事故のために要した交通費、栄養費、見舞客接待費、その他支出した諸雑費の合計額である。

(5)、本件事故により損壊した被害車の修理に要する費用金三三、三五二円。

(6)、逸失利益金一、八六二、六一〇円

(イ)、秋男は、竹細工業に従事し、一ケ月平均金二〇、〇〇〇円の収入を得ていたが、これより材料費金五、〇〇〇円を控除した金一五、〇〇〇円が一ケ月の純利益である。しかるに、同人は、本件事故による負傷後その死亡に至るまでの一六ケ月間は療養生活のため右業務に従事することが出来ずその間一ケ月金一五、〇〇〇円の割合による合計金金二四〇、〇〇〇円の利益を喪失し同額の損害を蒙つた。

(ロ)、秋男の一ケ月平均の純利益は前記のとおり金一五、〇〇〇円であるから、その年間の利益は金一八〇、〇〇〇円となるが、同人の年間生活費は年収の二分の一とみるべきであるから、右利益から生活費金九〇、〇〇〇円を控除した金九〇、〇〇〇円が同人の年間純利益である。しかして、右秋男は死亡当時満三三年(同九年一〇月六日生)であつたから、その就業可能年数は三〇年、とみるのが相当であり、従つて同人は、年間純利益たる金九〇、〇〇〇円の割合による三〇年間の得べかりし利益金二、七〇〇、〇〇〇円を喪失し、同額の損害を蒙つた。そこで、これをホフマン式計算法により民法所定年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、その現価は、金一、六二二、六一〇円となる。

(7)、本件事故によつて蒙つた秋男の損害は、以上合計金二、九九四、五〇七円であるが、これより同人が既に受領している自動車損害賠償保障法(以下、自賠法と略称する。)による保険金五〇〇、〇〇〇円および被告の見舞金五、〇〇〇円を控除すると、その残額は金二、四八九、五〇七円となる。

(四)、原告等は、秋男の父母であるが、昭和四三年二月一五日右秋男の死亡によつて開始した遺産相続により、秋男の右損害賠償請求権をそれぞれの相続持分に応じて、すなわち二分の一たる金一、二四四、七五三円宛を承継取得した。

(五)、原告等は、本件事故によつて、次の如き損害を蒙つた。

(1)、原告喜久二は、秋男の葬式費用として金一三二、四八五円を支出した。

(2)、原告等は、秋男が本件事故によつて蒙つた傷害治療のため一六ケ月間に及ぶ長期の闘病生活の間、同人に日夜附添う等して看護に努めたが、その効なく昭和四三年二月一五日死亡するに至つたため、多大な精神的苦痛を蒙つたが、右苦痛は各金五〇〇、〇〇〇円をもつて慰藉さるべきである。

(六)、よつて、損害賠償として被告に対し、原告喜久二は、以上合計金一、八七七、二三八円から既に受領した自賠法による保険金七五〇、〇〇〇円を控除した金一、一二七、二三八円、原告はつは、以上合計金一、七四四、七五三円から既に受領した同保険金七五〇、〇〇〇円を控除した金九九四、七五三円および右各金員に対する不法行為後の昭和四三年二月一六日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

なお、被告の抗弁事実は、いずれもこれを否認する。

二、被告訴訟代理人は、答弁並びに抗弁として、次のように陳述した。

(一)、請求原因第一項の事実のうち、本件事故現場の道路幅員が約一一メートルであるとの点および秋男が本件事故により原告等主張の如き傷害を受け、右傷害のため死亡するに至つたとの点は、いずれもこれを否認し、その余の事実を認める。本件事故現場の道路幅員は約九メートルである。

秋男は、第二種身体障害者で足が悪く、歩行の際には杖を使用していたものであるが、同人の原動機付自転車運転免許証には、右自転車はノークラッチ式アクセルブレーキ付手で操作できるように改造された三輪車または側車のついた安定性のあるものでなければならないという条件が付されていたこと等からも明らかのように、本件事故発生以前から両足が効かず歩行が困難であつたのである。また、本件事故と秋男の死亡との間には相当因果関係がない。即ち、同人は、昭和四二年四月二九日骨折部分も相当接合し、体力も回復したので、青木医師の指示により同外科医院を退院し、以後自宅においてマッサージによる治療を受けていたが、同年九月一一日マツサージ治療中、マッサージ師の過失により接合しかけた骨折部分が再び骨折し、ために敗血症様症状を呈したり、風邪、気管支炎に罹る等して全身の機能が衰弱低下し死亡するに至つたものであるから、本件事故と同人の死亡との間には相当因果関係は存しないが、然からずとするも、マッサージ師の右過失により、因果関係は中断されるに至つたものである。

(二)、同第二項の事実を否認する。秋男は、原告等主張の時刻頃勝田市大字高場地内の幅員約九メートルの産業道路上を側車付の被害車を運転進行していたが、当時雷雨が激しく随所に水溜りができている状態であつたところ、偶々原動機が故障しいわゆるエンストを起すに至つたため、自車をセンターラインより二・五メートル右側に進入させて停車し、無灯火のまま故障の修理をしていた。他方被告は、その頃被告車を運転し反対方向から右路上左側(進行方向)を時速約三〇キロメートルで進行したが、折柄の雷雨中のことでもあるのでワイパーを作動させ前方注視を厳にする等して安全運転に努め、センターラインを越えて自車の進路に進入、停車している被害車を一五・八メートル前方に発見するや、直に急制動の措置を講じるとともに左に転把したが及ばず、自車を秋男及び被害車に衝突させるに至つたものである。以上のとおり、本件事故は、秋男が折柄の降雨中にもかかわらず、センターラインより二・五メートルも右側に自車を進入させ、しかも無灯火のまま停車していたことによるのであるから、同人の一方的過失に基因するものである。

しかも当時被告の運転していた被告車の構造、機能は自動車保安基準その他の法規に違反せず、また何らの欠陥もなかつたものである。

のみならず、夜間車両が故障した場合には、直ちに通路左側端に移動すべきものであり、また止むなく事故現場において修理する場合には、対向車両等の危険を考え赤色のフラッシを焚く等事故防止に必要な措置を講ずべきであつたのにかかわらず、同人は全くこれらの措置を採らなかつたのであるから、被告において、かかる交通法規に違反して前記路上に停車している被害車のあり得ることまで予想して運転すべき注意義務は存しないのである。

従つて、被告は、本件事故によつて生じた損害を賠償すべきいわれはない。

(三)、同第三項、第五項の事実はすべてこれを争う。秋男はマッサージ師の過失によつて死亡するに至つたものであるから、同人の死亡により発生した損害につき被告がその賠償の責を負う限りではない。

(四)、同第四項の事実中、原告等が秋男の父母である事実を認めるが、その余の事実を争う。

(五)、かりに本件事故につき被告に損害賠償責任ありとするも、秋男にも前記の如き過失が存するから、損害賠償の額を算定するに当つては、右過失を斟酌すべきである。

以上の次第であるから、原告等の本訴請求は、いずれも失当として、棄却さるべきものである。

第三、証拠〔略〕

理由

一、交通事故の発生および秋男の受傷、死亡について、

山崎秋男が、昭和四一年一〇月一六日午後一〇時頃雷雨の激しい勝田市大字高場地内の産業道路を被害車を運転して進行中、たまたまいわゆるエンストを起してこれを路上で修理していたところ、折柄六号国道方面から那珂湊市方面に向つて対向する被告車が右秋男および被害車に衝突した事実は、いずれも当事者間に争いがなく、そのため右秋男が左大腿骨々折の傷害を受け、即日青木外科医院に入院して治療を受け同四二年四月二九日退院したが、褥創、排尿困難、腎盂、腎炎等のため小針医師の往診を受ける等して自宅で療養に努めるも、同年七月四日当時骨折部の癒合遅々として進まず、かつ筋腱萎縮のため左膝拘縮は伸展一八〇度、屈曲九〇度で歩行も困難であつたことおよびその後病状悪化して同年九月一一日再度同医院に入院して同四三年一月一四日家庭の事情によつて退院し、その後重ねて自宅において療養していたが、前示事故に基づく傷害の長期療養による全身機能の低下と抗病力の減少によつて誘発された心臓病等の余病により、同四三年二月一五日死亡するに至つたこと並びに被害車が損傷を受けた事実は〔証拠略〕を総合してこれを認めることができる。

二、秋男の死亡と本件事故について

被告は、秋男の死亡と本件事故との間には因果関係が存しない旨主張するのでこの点について検討するに、右に認定した事実に、〔証拠略〕を総合すると、秋男は足の不自由な身体障害者であつたが、健康体であつたこと、本件事故に基づく傷害を治療するため、前期第一回の入院中長期にわたる臥床並びにギブス固定のため、腰部及び踵に褥創を生じ、しかも排尿困難とこれに基づく腎盂腎炎等の合併症を併発し、そのため屡々発熱発作を起していたこと、同人は昭和四二年四月二九日右医院を退院した後も自宅において医師の往診を受けるほか、骨折部のマッサージを受ける等して療養に努めていたが、同年七月ころにはギブス治療中に発生した骨盤部及び仙骨部の褥創は極めて難治性となり、しかも同年九月一一日マッサージを受けている折に骨折部分が再骨折したため第二回の入院を余儀なくされて入院し同四三年一月一四月退院したこと、第二回の入院中右秋男は、骨接合術等三回にわたる手術を受けたが骨折部分の癒合は遅々として進まなかつたばかりでなく、第一回の入院療養後の恢復が十分でなく、しかも長期間の臥床とギブス固定を原因とする前示難治性の褥創およびその感染症等のため、敗血症様症状を呈するに至り、他方、前示の如き傷害、症状による長期に亘る闘病生活中も食事、排尿等も独力では便じ得ない状態であつたため、貴要臓器の機能の低下、食欲不振、体重の減少を来した結果、著しく全身の抗病力も低下し、屡々発熱し右退院当時も風邪、気管支炎に罹つていたこと、第二回の退院後自宅にて養療生活を送つていたが、遂いに抗病力の減少により誘発された肝臓及び心臓病により、同年二月一五日死亡するに至つた事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

以上に認定した事実によれば、健康体であつた秋男は、本件事故により左大腿骨々折の傷害を受け、その治療のため約一年四ケ月もの長期間殆んど臥床のままの状態で療養生活を余儀なくされ、その結果褥創、その感染症による敗血症様症状を呈示する等して全身衰弱を招来し、遂いには心臓および肝臓病等の余病を併発して死亡するに至つたものであるというのであつて、このような場合本件事故から秋男の死亡なる結果の発生することが、われわれの経験則上予想し得られるところであるから、本件事故と同人の死亡との間には相当因果関係を認めるのが相当である。被告は、秋男はマッサージ師の過失により再骨折のために死亡したものであるから、本件事故と右死亡との因果関係は中断された旨主張するが、仮りに秋男の再骨折がマッサージ師の過失によるものであること被告の主張するとおりであつたとしても、右に説示した事実関係によれば、右は本件事故に基づく傷害と無関係に存するものではなく、しかもそれが秋男の死因に直接の原因を与えたものとは認められないから、被告の右主張を採用し得ないことは明らかである。

三、被告の過失について

原告等は、本件事故は被告の過失によつて生じたものである旨主張し、被告は、これを抗争するので、この点について判断する。

前記一の事実に、〔証拠略〕を総合すると、本件事故発生現場はコンクリート舗装部分の幅員が約一一メートル、その両側の非舗装部分の幅員が各三メートル位を有する直線平坦な道路であること、秋男は前示日時頃本件事故現場のセンターライン付近を勝田市馬渡方面から同市稲田方面に向つて被害車(側車付)を運転進行中、折柄激しい雷雨のためプラグが水に濡れていわゆるエンストを起したが、道路左側は雨水が溢れていたためこれを避け、自車を同所センターラインより約一メートル右側に進入させて停車し、無灯火のまま右故障の修理をしていたこと、折柄被告は被告車を運転し反対方向から時速約五〇キロメートルで前照灯を下向きにして進行し本件事故現場付近にさしかかつたところ、自車の進路上の被害車を約一九・三メートルに接近して漸く発見し、急停車の措置を講じたが及ばず、同車および秋男に自車右前部を衝突させて右秋男を路上に転倒させ、更に約一三・二メートル進行して停車した事実を認めることができる。右認定に反する乙第一、第三号証の各記載部分、証人山崎清(第一回)および被告本人の各供述部分は、前顕各証拠に照らして措信し難く、他に右認定を動すに足る証拠は存しない。

ところで、自動車の運転業務に従事する者は、絶えず前方を注視して障害物の発見に努め、若し障害物を発見した場合には停車若しくは徐行する等臨機の措置を講ずるほか、気象道路状況等に応じて適宜速度を加減し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務が存するのにかかわらず、前示認定事実によると、被告は、これを怠り、漫然として時速約五〇キロメートルで夜間雷雨の激しい本件事故現場付近を進行したため、約一九・二メートル前方に漸く被害車および秋男を発見し、急遽急停車の措置を講じたが及ばず、本件事故を惹起するに至つたものというべきであるから、右事故は、被告の過失に基因するものといわなければならない。この点に関し、被告は、秋男の交通法規違反の点を指摘し、被告はかかる違反車のあり得ることを予想して被告車を運転すべき義務は存しない旨主張するが、以上に説示した事実関係のもとにおいては、いわゆる信頼の原則を適用すべき場合に該らないこと明らかであるから、この点に関する被告の右主張は失当である。

従つて、被告は、民法第七〇九条により本件事故によつて蒙つた損害を賠償する義務がある。

四、損害額の点について

進んで、損害額の点について判断する。

(秋男の蒙つた損害)

(一)、治療費

秋男が本件事故によつて蒙つた傷害を治療するため再度にわたつて入院加療をなし、自宅療養中も医師の往診を受けて治療に努めた事実は、前に説示したとおりであり、〔証拠略〕を総合すると、秋男は、治療費として昭和四二年四月六日から同四三年一月一四日まで四回にわたり青木外科医院に対し合計金六五八、八〇〇円(附添人食費、光熱費を含む)、同四二年六月四日から同四三年二月二〇日まで五回にわたり小針医院に対し合計金一九、三九五円、合計金六七八、一九五円を支払つた事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(二)、マッサージ費用

〔証拠略〕を総合すると、秋男は同四三年四月二九日青木外科医院を退院後筋腱萎縮による左膝関節拘縮を矯正するため同年五月二日より同年九月一一日に至るまでマッサージ師清水豊次によるマッサージ療法を受け、その費用として同人に対し合計金三一、五〇〇円を支払つた事実を認めることができる。

(三)、附添看護費用

秋男が附添看護を要すべき状態にあつたことは、前に説示した事実関係から肯認できるところ、〔証拠略〕を総合すると、秋男は昭和四一年一〇月一日から同四二年四月二九日に至るまでの入院期間中菊池きみよに附添看護方を依頼し、その間の費用として合計金一九三、三五〇円を支払つたこと、右秋男はその後における自宅療養中および右秋界の同年九月一一日からの再入院期間並びに同四三年一月一四日退院して死亡するに至るまで、原告はつをして終始附添つて看病をなさせた事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。そして、本件口頭弁論の全趣旨によると、原告はつの右期間における附添料は一日金五〇〇円の割合による合計金一四五、五〇〇円と認めるのが相当であるから、秋男は、右合計金三三八、八五〇円の損害を蒙つたものというべきである。

(四)、諸雑費

〔証拠略〕を総合すると、秋男の前記療養生活中、安楽尿器、牛乳代、氷代、果物代等の合計金五、六七〇円を支払つた事実を認め得るほか、交通費、ガーゼ、脱脂綿代、布団代等を支出した事実を認めることができ、これに本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、同人の入院中の諸雑費として支出した金額は、金三〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

(五)、被害車の修理費用

本件事故により被害車が損害を受けた事実は、前に説示したとおりであり、前示甲第八号証の一、二によれば、被害車の修理に金三三、三五二円を要する事実を認めることができる。

(六)、秋男の逸失利益

〔証拠略〕を綜合すると、秋男は昭和三五年ころから竹細工業に従事し、その製品はみずから販売するほか、那珂郡東海村の圷商店他三店に卸売りをなし、一ケ月金二〇、〇〇〇円の収入があつたが、その材料費は金五、〇〇〇円であつた事実を認めることができるから、同人の一ケ月の純利益は、金一五、〇〇〇円となること明らかである。

前示認定事実によれば、秋男は本件事故の日である同四一年一〇月一六日から死亡した同四三年二月一五日に至るまでの一六ケ月間は入院等のため全く右業務に従事することができなかつたものというべきであるから、その間前示一ケ月金一五、〇〇〇円の割合による得べかりし利益金二四〇、〇〇〇円を喪失し、同額の損害を蒙つたものとしなければならない。

秋男の竹細工による年間利益が金一八〇、〇〇〇円であることは、右に説示したところから明らかであるところ、総理府統計局発行家計調査年報昭和四二年度版所掲の「地方別年間収入階級別一世帯当たり年平均一か月間の収入と支出」によれば、関東地方における年間収入金一〇〇、〇〇〇円ないし金一九九、九九九円に該当する家庭(世帯人員二・四六人)における消費支出は一ケ月平均金二一、七八四円であるから、これに消費単位等諸般の事情を綜合して考慮すると、秋男の月間生活費は金九、〇〇〇円と認めるのが相当であり、従つて、同人の年間純収益は、前示金一八〇、〇〇〇円の収益から同人の年間生活費金一〇八、〇〇〇円を控除した金七二、〇〇〇円となる。そして、〔証拠略〕を綜合すると、同人は死亡当時満三三年であつたから、就業可能年数は三〇年と認めるのが相当である。そうすると、秋男は、本件事故に基づく死亡によつて、右年間純収益七二、〇〇〇円の三〇年分合計金二、一六〇、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失し、同額の損害を蒙つたものといわなければならない。そこで、これをホフマン式計算法により民法所定年五分の割合による中間利息を控除してその価格を算定すると、金一、二九八、〇八八円となる。

(七)、次に、被告の過失相殺の抗弁について判断するに、前記認定事実によれば、秋男は、夜間雷雨の激しい中を被害車を運転して本件事故現場に差しかかつた際、いわゆるエンストを起したというのであるから、同所を通行する車両の交通妨害とならないように、かつこれとの危険を予想して、自車を道路左端に停車させるとか、止むなく道路中央部分付近に停車して故障個所の修理をなす場合には、対向車等に自車の存在を知らせるべく適切な措置を講ずべき注意義務があつたのにかかわらず、これを怠り、道路センターラインより約一メートル右側に進入して停車し、無灯火のままで修理をしていたというのであるから、秋男が身体障害者で進路左側が水溜りとなつていたとの事情を考慮に入れても、秋男も、また本件事故につき過失があつたものといわなければならない。

そこで、秋男の右過失を斟酌すると、被告の本件事故による秋男に対する損害賠償額は、以上合計金二、六四九、九九五円の一〇分の六、すなわち金一、五八九、九九一円の限度に止めるのが相当である。

(八)、秋男が自賠法による保険金五〇〇、〇〇〇円および被告から見舞金として金五、〇〇〇円を受領したことは原告等の自陳するところであるから、これらを前示損害金合計一、五八九、九九一円より控除するとその残額は金一、〇八四、九九一円となる。

(九)、原告等が秋男の父母である事実は、当事者間に争いのないところであるから、原告等は、右秋男の死亡した昭和四三年二月一五日開始した遺産相続により秋男の有した被告に対する前示損害賠償請求権を相続分に応じて、すなわち金一、〇八四、九九一円の二分の一金五四二、四九五円宛を承継取得したものというべきである。

(原告喜久二の損害)

〔証拠略〕を綜合すると、原告喜久二は秋男の葬式費用として金一〇一、二八五円を支出した事実を認めることができる。もつとも、〔証拠略)には、勝田公益社に対し生花一対の代金として昭和四三年二月一五日金五、〇〇〇円を支払つた旨の記載が存するが、その支払いをなした者が原告喜久二でなく山崎清であることは同号証の記載に記載するところであるばかりでなく、〔証拠略〕に徴すると、右甲号証の記載をもつてしては、いまだ右生花一対の代金を原告喜久二が支出したものと確認することはできず、他にこれを首肯するに足る証拠は存しない。また〔証拠略〕によると、原告喜久二は同年二月一七日米屋商店に対し晒一〇〇反の代金として金二六、二〇〇円を支払つた事実を認め得るが、右晒一〇〇反はその品目、数量からみて香奠返しと認めるのが相当である。ところで、元来香奠返しなるものは、香奠に対する返礼の意味をもち、香奠の額を越えない範囲内において香奠供与者に提供されるのが常例であり、その費用は本来喪主等において任意負担すべきものであつて、加害者等に賠償させるべき筋合いのものではない。従つて、原告喜久二の主張する葬式費用のうち以上合計金一〇一、二八五円は本件事故によつて原告喜久二の蒙つた損害というべきであるが、その余の生花一対の代金五、〇〇〇円および右香奠返しの費用金二六、二〇〇円の請求は、失当として排斥を免れない。

(原告等の慰藉料)

既に認定したとおり、秋男は本件事故に基づく傷害のため長期間にわたる不自由な身体での療養生活を余儀なくされ、その結果余病を併発して昭和四三年二月一五日死亡するに至つたのであるが、その間親として同人の病状を憂え看護に努力した原告等が、精神的に甚大な苦痛を味つたであろうことは、〔証拠略〕によつても十分肯認し得るところである。そこで、本件事故における秋男の過失の程度、その他本件記録に顕われた諸般の事情を斟酌すると、原告等の右精神的苦痛は、それぞれ金四〇〇、〇〇〇円をもつて慰藉さるべきものと認めるのが相当である。

そうすると、被告に対する原告喜久二の損害賠償請求は、相続によつて取得した金五四二、四九五円に葬式費用金一〇一、二八五円、慰藉料金四〇〇、〇〇〇円を合計した金一、〇四三、七八〇円、原告はつのそれは、相続によつて取得した金五四二、四九五円に慰藉料金四〇〇、〇〇〇円を合計した金九四二、四九五円というべきところ、原告等が自賠法による保険金七五〇、〇〇〇円宛の支払いを受けた事実は、原告等の自陳するところであるから、他に格別の主張立証も存しない以上、右保険金は原告等の慰藉料、葬儀料のみならず、秋男の蒙つた前示損害(但し被害車の破損による損害を除く。)をも顛補するものと解すべきものであるから、これを原告等の右損害額から控除すると、原告喜久二は金二九三、三八〇円、原告はつは金一九二、四九五円となる。従つて、被告は、本件事故に基づく損害賠償として原告喜久二に対し金二九三、三八〇円、原告はつに対し金一九二、四九五円の支払義務ありといわなければならない。

五、以上の次第であるから、被告に対する原告等の本訴請求は、原告喜久二において金二九三、三八〇円、原告はつにおいて金一九二、四九五円および右各金員に対する本件不法行為後の昭和四三年二月一六日より右支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却すべきものである。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 長久保武)

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